安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

聞法

「阿弥陀仏の本願をただいまそのまま聞く、ということがどういうことなのか、皆目わからないのです」(安藤さんのコメントより)

安藤 2014/08/26 01:17 阿弥陀仏の本願をただいまそのまま聞く、ということがどういうことなのか、皆目わからないのです(T_T)弥陀の本願を他の表現、言いまわしで説明することも難しいので、山も山さんは、いつもこのような言い方しかできないのですよね(T_T…

お聴聞していると、「おはたらきをさせていただく」という言葉が当たり前に出てくるので、おはたらきのもつ意味を吟味してみたかったのです。(匿名希望さんのコメントより)

匿名希望 2013/04/15 19:41 ありがとうございます。 確かに法を伝えるということがわからないのかもしれません。 お聴聞していると、「おはたらきをさせていただく」という言葉が当たり前に出てくるので、おはたらきのもつ意味を吟味してみたかったのです。 …

追記:「聞く力のない者に、聞いて下さい、とは酷なのでは?」(おさびしやまさんのコメント)

2012-01-05のエントリーについて、追記です。 おさびしやまさんのコメントの意図を取り違えて書いておりました。申し訳ございませんでした。そこで、複数の方からコメントを頂いて、改めてエントリーを書きます。コメントを書かれたみなさん有難うございまし…

「そのまま」といわれても理性で堂々巡り(メンデルさんのコメント)

メンデルさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 (略)「今日こそは、信じよう、称えよう、いただこう、よろこぼう」の心はすべて計らいであると。でも、知識や理性でものごとを判断しているのが自分なのであって、どんなときも、知識や理性…

「自分はまだそこまで行っていないのですが」の「そこ」は「どこ?」ですか(頂いた質問)

阿弥陀仏の救いはただ今の救いと聞きますが、どうも自分はまだそこまで行っていないように思いますが、こういう考え方は間違いでしょうか?(頂いた質問) 「まだそこまで行っていない」という考え方は、結論から言いますと間違いです。 しかし、私自身もその…

聞法はただ今聞いていること(おしゃまさんのコメント)

おしゃまさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 救われる「道」はない・・・と言われても、何もしなくてもいいわけではありませんよね? “聞法する”という「道」はありますよね?(おしゃまさんのコメント) http://d.hatena.ne.jp/yamamoya…

不思議な声を聞くのが「聞いた」ではありません(頂いた質問)

親鸞会にいた時は,鳴かぬカラスの声とか片手の音,不思議な声…というように聞いたことがありますが,自分の称えている音声の中に明らかに自分の声とは異なる阿弥陀仏の喚び声として聞こえてくるということでしょうか。(頂いた質問) 「鳴かぬ烏の声」「片…

聞いたそのままについて(頂いた質問)

前回のエントリーの補足です。 阿弥陀様にまかせることは私に出来ることなんでしょうか?私の方が先にまかせたいという思いのせいですか? 同じことを何度も何度もお聞きして申し訳ないのですが、「聞いたそのままが、他力の信心です。」の 聞いたそのまま …

助けるぞ→助かるぞ ではなく、助けるぞ=助かる です(頂いた質問)

私は、機無と言いながらも「どうしてもつかもう」、「確信が欲しい」、「阿弥陀仏の勅命がわが心にハッキリと呼び声となってきこえてくださる」と思ってしまいます。 そうでないと安心ができないような気がします。 しかし、「まかせている状態」とよく教え…

そのままとは、きいたそのまま。補足2

聞いたそのままの、補足エントリーその2です。他力の信心は、本願を聞いたそのままということについて書いてきましたが、その補足です。他力の信心は、聞いたそのままということは、別の言葉で言いますと、他力の信心は、そのものがらが私にないということ…

そのままとは、聞いたそのまま、の補足

聞いたそのままということについて、前日エントリーの補足です。聞いたそのままとは、どういう事かについて、蓮如上人の御文章から紹介します。 さてわが身の罪のふかきことをばうちすてて、弥陀にまかせまゐらせて、ただ一心に弥陀如来後生たすけたまへとた…

そのままとは、聞いたそのままということ(頂いた質問)

阿弥陀仏の救いは、そのままの救いと聞きますが、そのままと聞くと「このままで何もしなくてよいのだろうか?」と思います。(頂いた質問) 阿弥陀仏の救いはそのままの救いですよという言葉はよく聞く言い方です。 この「そのまま」というのは、二通りの意…

そのままになろうとするのは、そのままではありません(頂いた質問)

阿弥陀仏の救いは、そのままの救いと聞くと、そのまま何もしなくてよいように思ってしまいます。それでは違うようにも思うのですが、どういうことでしょうか?(頂いた質問) 阿弥陀仏の救いはそのままの救いですが、何にもしなくてよいんだと座り込むのは、…

聴聞とは、無名無実に聞くことではありません(MMAさんのコメント)

MMAさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 いつも教えて戴いているように現在救われようという気持ちでやっております。これは皆、視覚での行ですが、聴聞に極まるとか聴聞が大事と聞くとやはり聴覚での行が大切なのかと思ってしまいます…

努力の前に救われるのが大事(頂いた質問)

救われる為に「何かしなければ」と考えるのは間違いと聞きましたが、果たして無努力で良いのだろうか、との疑問が起きてきます。怠け者ながら、何らかの実践項目を教えてもらいたい気持ちがあります。(頂いた質問) 私が阿弥陀仏の浄土に往生する働きは、す…

後生が気にかかるかどうかは、気にかけなくてもよいことです(頂いた質問)

いろいろなお聖教や仏教書を読んでいますが、自分の後生はなかなか気になりません。 煩悩にいつも振り回されて、阿弥陀様の声が聞こえません(頂いた質問) お聖教や、仏教書に書かれてあることは、後生を気にせよということではありません。阿弥陀仏に救わ…

本願を聞くとは、本願に救われること(頂いた質問)

知識の言葉を通してしか、阿弥陀仏の御心を聞かせていただくことはできないのだから、阿弥陀仏の本願を聞いて救われるには、やはり知識の言葉を真剣に聞くよりほかにないのではないでしょうか?(頂いた質問) 回答します。 阿弥陀仏の本願を聞いて下さいと…

阿弥陀仏が回向されるのは切実な心ではありません(頂いた質問)

「たのむ人を助ける」という事ですが、たのむ心のない人はどうしようもないという事でしょうか? 助かりたいという心もないような人が、どうして助かるでしょうか? 助かりたいという切実な心を起こして下さるという事でしょうか?(頂いた質問) 回答します…

正しく理解することと、救いについて(maryさんのコメント)

maryさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 あてにならない自分の心を頼りにして生きているから、不安なのだと思います。 本願を聞いて、その文面どうりに受け取れなくて、自分の思いで本願を理解していますが、その間違った思いを正して、…

名号を聞くとはどういうことか(maryさんのコメント)

前回のエントリーの続きです。 関連して、maryさんからもコメントを頂きました。 Kさんが24日に回答してもらった質問は、私もお尋ねしたかった内容そのものでしたので、質問して下さいましてありがとうございました。 結局、「名号を受け取りなさい」とい…

考えるとは何を考えるのか?(Kさんのコメント)

Kさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 「阿弥陀仏は私を助けることができるのかできないのか」ということを考えるのでしょうか? 「唯除五逆罪誹謗正法」だから自分は除かれているのかということでしょうか。(Kさんのコメント) http://d…

聴聞とは何を聞くことなのか?(頂いた質問)

しばらく更新が滞っておりました。 聴聞が大事と聞きますが、何を聞いたらいいのでしょうか?(頂いた質問) 回答します。 仏法を真剣に聞くことはとても大事な事です。しかし、真剣に聞くと聞いても、とにかく覚えるほど集中して聞けばよいのかと思われるか…

ただ今救われなさいが、釈尊、親鸞聖人の勧めです(Kさんのコメント)

この安心問答について親鸞会講師の方から 「あれは、善巧方便ということが分かっていない人の書いた文章」だと言われました。 善巧方便とはどういうことか教えていただきたく思います。よろしくお願いします。(Kさんのコメント) http://d.hatena.ne.jp/ya…

「わが心にまかせずして心を責めよ」(御一代記聞書)とは?(カウフマンさんのコメント)

カウフマンさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 「わがこころにまかせずして、こころをせめよ。仏法はこころのつまるものかとおもえば、信心に御なぐさみ候う」と、おおせられそうろう。と蓮如上人御一代記聞書にありますが、ここで「ここ…

「その籠を水につけよ」と蓮如上人がいわれた意味は?(頂いた質問)

メールで頂いた質問に答えます。 「聞いても他の人のように正確に覚えていないんです。だから、私のような者は、聞きに行ってもどれだけ意味があるのかわかりません」と、ある人に打ち明けたところ 「だから、蓮如上人は「そのカゴを水につけよ」と仰せです…

聞とはなにか?(orimaさんのコメント)

orimaさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 聞と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて、疑心有ること無し。これを聞と曰うなり。のお言葉について教えて頂けませんでしょうか。(orimaさんのコメント) http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/…

心が戸惑うのは、悪いことではありません(きらりさんのコメントより)

きらりさんのコメントに、コメントをしようと思いましたが、少し長くなりましたのでエントリーに変えます。 私も続けて見てしまうと、心が戸惑いそうなので、これで最後にします。(きらりさんのコメント) http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20090609/1244547…

阿弥陀仏は真剣に聞法させるといわれているのかについて(1さん、Kさんのコメント)

前回のエントリー(菩提心とはなにかについて(1さんのコメントより) - 安心問答(浄土真宗の信心について))についてのご質問です。 どうして浄土に生まれたいと阿弥陀仏の19願力でさせられて、『ここ一つ聞き抜かねば』となりますか? 19願文には阿…

死と無量寿について(Kさんのコメント)

死についての苦悩は、直接的には阿弥陀仏の救いとは関係ないということなのでしょうか? 私が思うには、「無量寿」ということです。 それこそが私の求めているものだと思うのです。そういうこととはまた違うのでしょうか?(Kさんのコメント) http://d.hate…

聴聞とは煩悩との戦いなのか?(メールより)

前回のエントリーに関連して、メールを頂きましたので回答します。 御法話で 「二河の道を進んでいくのは煩悩との戦いであり,煩悩が邪魔になる,罪悪をおそれる。その畏れてる者に「畏れるなー」という弥陀の呼び声が届く」と聞きましたが,それはどういう…