安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

求道

「阿弥陀如来の救いを求めて一生懸命念仏を称えたり、聴聞したりしましたが、どうにもならないので、段々やる気が無くなってしまいました」(頂いた質問)

阿弥陀如来の救いを求めて一生懸命念仏を称えたり、聴聞したりしましたが、どうにもならないので、段々やる気が無くなってしまいました。 インターネットで見つけた冗談で、キリスト教徒の人が、「絶対、神は猫だ」と言っているのを見たことがあります。理由…

私は、後生の一大事に驚きがたっていません・・・というか、それが、どういう状態になったことを指すのかも、よくわかりません・・・。(しかばねさんのコメントより)

しかばねさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 しかばね 2013/04/15 21:41 (略) 高森先生は「後生の一大事に驚きがたったら、獲信の直前だから、赤飯を炊いていい。」と言っていました。 でも、私は、後生の一大事に驚きがたっていません…

「20年や30年では得られない」と言う人は「求道」が目的になっている

前回のエントリーを書いて思ったことを書きます。「『信楽受持甚以難 難中之難無過斯』とあるから、信楽になるのは難しいだろう。難しいから、ちょっとやそっとの苦労でなれるわけがない。だから、もっと苦労をしなければならない。」 私も以前はこのように…

早く獲信したいと思っても手の打ちようがないのですが(アドウチさんのコメント)

アドウチさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 蓮如上人は「片時も急いで信を獲れ」と御文章に書いておられますが 他力全託では私の方でいくら早く獲信したいと思っても手の打ち様が ないのです。 私が阿弥陀仏に救われないのは、私の責任…

もっと○○したらではなく、ただ今救われます(Kさんのコメント)

Kさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 (中略) そうすると「これが信仰が進んでいることで、この心がもっと深まって行って、どこかで何か方向転換が起きて救われるのかな」というように思ってしまいますが、違うのですよね? 今は、「も…

「求道」とは、「過程を求める」ではなく「白道を求める」こと(通りすがりさんのコメント)

通りすがりさんのコメント 阿弥陀仏に救われようと、阿弥陀仏に向かおうと取り組み、もがく過程を求道というなら、信仰が進む、進まない、という表現はあまり違和感を感じないのですが、実際に救われた人から見ると、違和感ある表現なのでしょうか?(通りす…

早く救われる人と、そうでない人違いを考えると言うこと(Rudelさんのコメント)

一生懸命善根功徳をつんで宿善を厚くして、救われる・・・という教えではなく、 ただ今の無条件のそのままの救いと、いつも教えていただきます。 ですが早く救われる方もいればそうでない方もおられるのはなぜでしょうか。 過去世の行いや今生での聞き方が人…

阿弥陀仏に向かうとは(みかみさんのコメント)

みかみさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 「阿弥陀仏に向かい、ただ今阿弥陀仏に救われる」ことが、大切なのはわかるのですが、どう向かえばいいのかが、わからないまま、ただ日が過ぎていっております。 目をつぶり合掌して阿弥陀さま…

「救い」とはどういうことか?(はてな?さんのコメント)

はてな?さんからコメントを頂きました。有り難うございました。 ただ今救うという本願に、ただ今救われて下さい。 http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20091008/1254989295 この「救い」とは、具体的にどういった内容のことなのでしょうか? これまでのエント…

阿弥陀仏は私のために願を建てられた(ロシュさんのコメント)

ロシュさんからコメントを頂きました。有り難うございました。 自分のこころをどれだけ見てもそこにまことはないのだから、阿弥陀仏を仰いでくださいということをよく言われますが、どうしても自分の心にばかりとらわれてしまいます。また、自分の存在に対す…

真剣に求める心になるにはどうしたらよいか?について(みかみさんのコメント)

みかみさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 質問させていただきます。 「真剣に求める心」になかなかならない者が、真剣になるためには、どうすればいいのでしょうか。 真剣になる心を起こさせてくださるのも阿弥陀仏の本願の働きによるの…

助けられるか助けられないかということについて(Kさんのコメント)

Kさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 「助けられるか助けられないか」とはどういうことかもう少し詳しくお願いします。 助けることができないかもしれないしできるかもしれないということなのでしょうか?阿弥陀仏からすれば「必ず助ける…

「今救われなければ、未来永遠救われる時はない」について(maryさんのコメント)

maryさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。 「今救われなければ、未来永遠に救われる時はない」と書かれてありました。 何となくわかるのですが、すっきりはっきりと「その通り!」とまではなりません。 そのところをもう少し詳しく聞かせて…

ただ今救われなさいが、釈尊、親鸞聖人の勧めです(Kさんのコメント)

この安心問答について親鸞会講師の方から 「あれは、善巧方便ということが分かっていない人の書いた文章」だと言われました。 善巧方便とはどういうことか教えていただきたく思います。よろしくお願いします。(Kさんのコメント) http://d.hatena.ne.jp/ya…

求道という言葉も意味について考える(頂いた質問)

求道とはどういうことをいうのでしょうか?生活即求道という言葉を聞いたことがありますが、どういうことでしょうか?(頂いた質問) 求道とは、文字通り道を求めることです。真実信心を求めているのですから、真実信心を求めることです。道を歩くことが、求…

「真剣になる」ことが目的ではありません。「信心決定」が目的(モグタンさんの質問より)

モグタンさんより、メールで質問をいただきました。有り難うございます。 質問の内容は、いくつかありますので一つ一つ回答をいたします。 「今助かりたい、どうすれば」と思う人が真剣になって求めるものだ、と理解しているのですが、救われたいという心が…

「わが心にぞ訪ね入りぬる」のは何のためか?(orimaさんのコメントより)

orimaさんよりコメントをいただきました。有り難うございました。 心を見つめるとよくお聞きするのですが、何となく感情や知識をもてあそんでいるだけになってしまっているような気がしています。それは、自分の思いで自分の心を見ているから、ということが…

「助かる者」だと思うことについて(orimaさんのコメントより)

orimaさんより、コメントを頂きました。有難うございました。 『「仏法が心にかかったら助かる」ような者なのでしょうか。「真剣になれないだけ」「真剣になったら救われる」という心は、「自分は助かる者だ」という考えです。』 のお言葉については、すみま…