yamamoya

浄土真宗の信心についての問答

教行信証

「救いに必要のない『私』を捨てよと阿弥陀仏は言われていますの言い回しは、たとえば『救いに必要のない「私」は捨てものだと阿弥陀仏は言われています』でないと、誤解のもとになるのではないでしょうか。(ループさんのコメント)

前回のエントリー(「信じる」こともできず、また「自力を捨てる」こともできない者が、「『ただ今救うぞ』という阿弥陀仏の仰せを受け入れること」はできるということでしょうか?(ループさんのコメントより) - 安心問答(浄土真宗の信心について))への…

救いに必要のない「私」と、自力を捨てるのは「私」の仕事ではないの「私」について(ループさんのコメント)

前日のエントリーに頂いたコメントについて書きます。 ループ 2013/08/30 02:44 お聞きいたします。 >救いに必要のない「私」を捨てよと阿弥陀仏は言われています。これはどの経文のことを仰っておられるのでしょうか。 ここで仰った「私」と、>どれだけ「…

疑い無いのが信心と聞きますが、疑いとは具体的にどのようなものをいうのでしょうか?(頂いた質問)2_自力はどれだけ捨てようとしても自力になる理由

疑い無いのが信心と聞きますが、疑いとは具体的にどのようなものをいうのでしょうか?(頂いた質問) 信心に対する「疑い」について、前回に引き続き書きます。疑いについて、別の言葉でよく使われるのが「自力心」または「自力の心」です。 横超とは、本願…

「今ではなくても、あるとき救われるように思っています」(頂いた質問)

8月20日の記事を読み私も同じように考えています。阿弥陀仏に救われる方法はないと聞けば、どうしたらいいのかと考える一方、今ではなくてもあるとき救われるのではないかと期待をしています。(頂いた質問) 阿弥陀仏の救いを、距離はともかく遠くに眺め…