yamamoya

浄土真宗の信心についての問答

顕正新聞4月15日号を読むと、3月18日学生大会で高森会長の説明した「仏願の生起本末」の説明がもっとひどいものだった件

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を読んで、高森会長の話がさらに脱線してきたのだと思いました。
タイミングよく、3月18日の学生大会の内容が掲載された、顕正新聞平成24年4月15日号を読む機会があったので、以下紹介します。

親鸞会機関誌顕正新聞平成24年4月15日号7面


法友通信3/18学生大会「仏願の生起本末」を聞く


三願転入と二種深信 大阪府 会員
仏願の「生起」とは、私たち十方衆生が皆、煩悩具足の凡夫であること。この生起に疑いのなくなったのが「機の深信」と教えて頂きました。
「本末」とは、弥陀の18願が「本」であり、18願まで導くために19願、20願を建てられたのが「末」。本末に疑いがなくなったのが「法の深信」とお聞きしました。
「仏願の生起・本末を聞きて疑心有ることなし」とは、二種深信を教えられていると分かりました。
また、〝「仏願の生起・本末」に「疑心有ること無し」となるまで聞きなさい〟とのご教導は、三願転入のみ教えであったと知らされました。

この顕正新聞の法友通信は、高森顕徹会長の法話や座談会に参加した人が高森会長宛に書いたお礼状の一部を掲載したものです。しかし、手紙を書いた本人の文章がそのまま掲載されることはなく、弘宣局で教義内容や表現が適切かどうかをチェックして、内容によっては一部修正や削除を加えて掲載しているものです。


抜粋した上記の法友通信の、赤字、青字の強調は、掲載されている新聞のままのものです。このような文字強調まで行うのですから、親鸞会弘宣局では「この文章で問題ない」と判断したということになります。

上記の文章を読まれて、多少なりとも浄土真宗の知識のある方ならば、とんでもない間違いであるということはすぐに分かられると思います。それを堂々と「浄土真宗親鸞会機関誌」に掲載しているのは、教義の基準が御聖教ではなく、高森会長のその場その場で話したことになっていることの証拠です。


この仏願の生起本末の説明も、批判を受ける度に言うことが転々として(参照記事をご覧下さい)、とうとう今回のようなさらによく分からない説明になっています。


今回あらたに加わった

「本末」とは、弥陀の18願が「本」であり、18願まで導くために19願、20願を建てられたのが「末」。

は、間違いです。阿弥陀仏が、どのような本願を建てられどのように私を救って下さる法が成就し、南無阿弥陀仏となって現在私に働いて下さっているということです。

何が何でも、まず19願を通ってと会員に思い込ませようとしている高森会長の苦し紛れの話を、真剣に聞く必要はまったくありません。

それを真剣に聞いた人の手紙が法友通信ですから、別の人の手紙には、以下のように書いてありました。

愛知県 会員
(略)
18願・他力の世界には、弥陀の19願・20願を通らねば絶対に入れないと知らされました。三願転入の道を進ませていただきたいと思います。

ただ今救うのが阿弥陀仏の18願ですから、18願をただ今聞いて救われて下さい。


※参照:2011年6月のエントリーより

「仏願の生起本末」は、「生起を本から末」と読み替える高森会長(6月26日テレビ座談会より) - 安心問答(浄土真宗の信心について)