2011年10月8日から10日まで、富山県射水市の親鸞会館にて、親鸞会主催の親鸞聖人750回忌が行われました。参加した方から頂いた情報より、気になるところを紹介します。
高森顕徹会長(親鸞聖人の花びら 桜の巻・親鸞聖人の花びら 藤の巻の著者であり、宗教法人浄土真宗親鸞会会長)が「御臨末の書」について、1日目に1時間、2日目に1時間半の法話、3日目に午前中(約2時間)座談会を行いました。
思うところがいろいろとありますが、今回は1日目の内容について簡単に書きます。
仏教は生死の一大事の解決、後生の一大事の解決だと話を始めた後、このように高森顕徹会長は言いました。
今日は皆さん何しに来られたんですか?それは阿弥陀仏に救われる為、阿弥陀仏は一念で助けて下さいますので、これをたのむ一念の時、一念というのは一秒間もない短い時間です。だから縦の線を書いた。阿弥陀仏はだんだんだんだんと助けて下さるのではありません。
阿弥陀仏の救いは平生の一念であります。だんだんではありません。いつ風邪がなおったかわからない。こういうものではありません。たのむ一念の時というのは、阿弥陀仏に救われた時をいうのです。
(略)
今死ぬという人でも助けるためです。
阿弥陀仏に救われる為です。そのために今日ここへ来られたんです。だから寝ておれないんです。(2011年10月8日(土)親鸞会750回忌1日目・高森顕徹会長の法話より)
一日目に上記のように話をしていました。話の流れからして「ではどうしたら助かるのか?」と参詣者が知りたいところですが、いつも通り話はここで曲がっていきます。
親鸞聖人はこの世に苦しみ悩める人がなくなるまで、「寄せかけ寄せかけ」海の波のように、活動せずにおれないんだ。これは阿弥陀仏の御心なんだ、その阿弥陀仏の御心を頂いた人は布教せずにおれないということなんです。
(略)
ところが親鸞聖人は驚くべき事をまた言われているんです。(94)
浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし
虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし(悲歎述懐和讃)(98)
小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき(悲歎述懐和讃)(略)
阿弥陀仏に救われたけれどもやね、苦しんでいる人を助けたいという真実の心、清浄なきれいな心は一つもない。
「小慈小悲もなき身にて」小さな慈悲の心もないと、苦しみ悩んでいる人を助けようというのは慈悲の心です。そんな慈悲の心のかけらもない。
(略)
その親鸞聖人と、はい、あれあげて。御臨末の書「和歌の浦曲の片男浪の寄せかけ寄せかけ帰る」ように必ず苦しみ悩んでおる者がこの地球上から一人もいなくなるまで、親鸞戻ってきて、助けきるぞと、教えきるぞと、導いてやるぞと、だから一人のときは二人と思え、二人のときは三人と思え、その一人は親鸞だ。こう仰っている。
どうなっとる?どっちが本当なんだ?と思われるでしょう。
ここに親鸞聖人の世界の光といわれる所以が実は、そこにあるんです。
さっきいうたようなことではないんです。
親鸞聖人のお言葉には、あれー?どうして?あんなように仰っていた親鸞聖人がどうしてまたこんなように仰るんですか?どっちが本当なんですか?
こう思われるところに親鸞聖人の素晴らしい教えがあるんです…それは明日ですね。(笑)
(会場笑い)
だから、今晩死なないで(笑)(2011年10月8日(土)親鸞会750回忌1日目・高森顕徹会長の法話より)
一日目の最後に会場から笑いもでるように話をしていますが、上記の内容を読んで頂くと、全く笑えない内容です。
「阿弥陀仏の救いは平生の一念です」
「皆さんは阿弥陀仏に救われる為にここに来たのです」
と話をしながら、1日目の最後には
「明日話します」で終わっています。
しかも、「明日話します」と言った内容は、「親鸞聖人の仰るところが矛盾しているように思えるような箇所があるが、それはなぜか?」についてであって、参詣した人が聞きたい「どうしたら阿弥陀仏に救われるか」ではありません。
しかも、その内容にしても当日に話をしないで、「今晩死なないで(笑)」と言い切ってしまうあたりから、阿弥陀仏の本願を説くつもりは全くないことは明白です。
教義的な間違いについては、次回以降のエントリーでまた書きます。
この親鸞聖人の一見矛盾した内容について、高森顕徹会長がどう解説したかだけを最後に紹介します。
親鸞聖人と同じ信心を持った人なら全く矛盾でない。だから、親鸞聖人と同じ信心を持った人(親鸞会では高森顕徹会長のみ)から聞かないと親鸞聖人のお言葉は分からない(750回忌の高森顕徹会長の話より)
3日間かけて、海外から来た人もいるなか、高森顕徹会長の話したことを一言でまとめると、
「親鸞聖人と同じ信心をもった人(高森顕徹会長)から聞かないと、親鸞聖人の教えはわからんのだ!」
ということです。
言い換えますと、「親鸞会の会員を続けろ!ワシの話を聞け!!」が、親鸞聖人のご恩を偲ぶ750回忌で高森顕徹会長の言いたいことでした。