安心問答−浄土真宗の信心について−

浄土真宗の信心についての問答

「海水に塩かげんはいらぬ」(鮮妙法語より)

利井鮮妙和上*1 の、鮮妙法語より紹介します。

○海水に塩かげんはいらぬ
御開山様は、真如一実之信海と信心を海におたとえになった。海水は、塩水であります。世の中に、塩気が足らぬと海につまみ塩をしたり、塩がきついと海に水をさしたり、海に加減する人はあるまい。

今、南無阿弥陀仏の信心は、御慈悲の海、御智慧の海であります。故に、凡夫の手元の加減はいりません。行者の計いはやめて、仏の御計いに任すばかり、仏の大海の徳のままが、私の徳になるのであります。(鮮妙法語より)

どうしたら信心がいただけるのだろうか、どうしたら南無阿弥陀仏をそのまま聞くことができるのだろうかと考えてしまいます。

そのように考えるのも、「自分の思ったとおりの信心」「自分の思ったとおりの南無阿弥陀仏」にどうしたらなるだろうかという発想です。

本願の仰せである南無阿弥陀仏は、聞いたままに「ただ今救う」と呼びかけられています。「○○したら」ただ今救うとはいわれていません。
「○○したら」の塩を加えてみたり、「○○しなかったら」と水をさしたりするのは、功徳の大宝海に注文をつけるのは間違いです。
南無阿弥陀仏を、南無阿弥陀仏と聞いたのが信心です。ただ今救う本願に、ただ今救われるのが聞いたと言うことです。