安心問答−浄土真宗の信心について−

浄土真宗の信心についての問答

動物や魚の命は死んだ後どうなりますか?(まあくんさんのコメント)

まあくん さんからコメントを頂きました。有り難うございました。
真宗の信心とは直接関係ありませんが、エントリーの形でお尋ねにお答えします。

ちょっと宗教のことで伺いたいのですが、野生動物(熊・鹿・野鳥・イルカ・クジラなど)と家畜(牛・豚・鶏)とでは、同じ命であっても異なる扱い方をするのが今の世の中だと思います。このことは、宗教の視点からはどのように見えますか?

また、動物や魚の命は死んだ後どうなりますか?(まあくんのコメント)

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20090709/1247130795#c1249974571

野生生物と家畜の扱いが異なるということについては、現実問題としてそうなっていると思います。
それについては、善いとも悪いとも意見をすることは特にありません。

一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ候ふべきなり。(歎異抄5章)

歎異抄のお言葉ですが、一切の生き物はすべて生まれ変わり死に変わりしている間に父母であったり、兄弟であったようにつながりのあるものです。お互いが、先か後かは分かりませんが仏になって互いに助けるのだと言われています。

動物や魚の命も、死ねば別の命に生まれてはまた死んでいきます。その間、人間になることもあるでしょうし、動物に生まれるかも知れません、餓鬼界や地獄界に生まれるかも知れません。
それは人間も同様です。

いずれの場所に生まれ、どんな形で生を受けようとも、阿弥陀仏の救いに会わねば生死を離れることもできず、往生浄土はできないと教えられるのが、浄土真宗の教えです。

捕鯨に関してはご意見を頂き有り難うございました。


なお、捕鯨反対運動の主張には殺生そのものへの批判もありますが、主な批判ポイントは、日本が南極海で行っている捕鯨の商業性や違法性への批判ですので、「反論できないことと知りながら声高に叫ぶ」というのとは、ちょっと違うと思います。