安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

以名摂物録 後編(松澤祐然述)「31 静かなる深山の奥もなかりけり」

※このエントリーは、「以名摂物録 後編(松澤祐然述)」(著作権切れ)からのテキスト起こしです。

※原文には、今日の目から見て差別語とみなすべき語彙や表現もありますが、著者が故人であること、当時の説教本であることも考慮してそ
のまま掲載しています。

31 静かなる深山の奥もなかりけり

 これについて貞信尼の事跡の中に、皆様に聞いていただきたい話が有る。貞信が三十二歳のとき、真の知識と思うていた。一蓮院師に死に別れして、七日七夜も泣き明かし。若しも一蓮院様と同じように、聞かせて下さる知識があるならば。唐でも天竺でも、尋ねてゆきたいと心がけ。幾年となく処方に知識をあさり求めて見たけれど。
 
 
 とても有縁の知識に逢われぬうちに。明治維新のころとなり、日本中は鼎の沸くが如き、騒々の巷となり。仏法も後生も、安閑と求めていらるる時節でなくなったので。一層のことで、山の中へ身を隠し。心静かに念仏して、決定往生を遂げたいものと志し。今日との鹿ケ谷付近に、二分の金を出して、隠れ家を建てて貰うた。
 
 
 二分といえば、今日の五十銭のことである。なんぼ明治初年のころじゃとて、五十銭の建物では灰小屋同様のものであったでしょうが。その小庵に立て篭もり丸三年の間一足も京都へ出ることもせず。念仏修行に精励を致しました。
 
 
 最もこの小庵に、念仏をしておることは。極別懇の同行二三人の外は、誰も知らぬようにしてあるので。その二三の同行が、絶えず食料を貢いでくれた。食料などといえば仰山らしく聞こゆれども。その実は、蕎麦粉を一ヶ月に三升も運べば沢山なので。貞信は土瓶に谷川の水を汲み、落ち葉を拾うて是を沸かし。蕎麦粉少々茶碗に入れて、お湯で是をかきまわし。それを何杯も食うわけではない、一色に唯一杯の蕎麦練りと極めて。お菜というては。食塩を用いるばかり。三日に一度ぐらいは梅干しを頂くが頂上の御馳走。その外に肉類などは元よりのこと、野菜も穀類も更に用いず。三年間やり通したは、実に恐れ入ったる話であります。


 そしてその念仏の修行ぶりに於いては。昼夜十二時、寸時も怠ることなく。眠るというても、一晩に二時間か、過ぎて三時間。その外に眠気がさせば、寒の中でもかまやせん。谷川へ下りて水を浴びる。浴びる間も念仏三昧、元気をつけて小庵に帰る。帰る途中も称名相続。真に不惜身命とはこの時の貞信。死なば本望生きなば念仏。一息たりとも無駄にはせまいと。行住座臥の簡びなく、不問時節の隔てせず。千日余りも称え続けたということは。真宗念仏の行者として。古往今来例の無い。記録破りの仕事にして。聖道自力の行者でも、裸足で逃げる修行でありました。


 しかし偉い上にも、偉いもののあるもので。挺身がこの念仏修行をしておることは。二三の同行の外に、知っておるものは更に無いのであるから。誰一人尋ねてくる人もなし、又尋ねて行く道もなかったのじゃ。然るに、三年間に唯一度、何処から来たか、何処へ行ったか。後先は更にわからねども。突然この小庵へ訪れて、二時間ばかり念仏して、行った一人の行者があった。
 
 
 それは雪のちらつく、至って寒い冬の日のことで。身には単の木綿白衣一枚に、寒冷紗の法衣を着け。つむりに白木綿を巻き付けて、手には錫杖と珠数を持ち。素足のままに草鞋を履き、笠もかぶらず雨具もなし。そして寒そうな様子は微塵もなく。雪の降るのに、法衣は一向濡れてはおらぬ。いかにも不思議と思わるる真言宗の行者であった。
 
 
 さてその行者は、何の用事があって来たのでもなし。貞信も何となく、薄気味悪い心地もすれば、格別に挨拶するでも無し、唯念仏を称えておる。行者もそこへ腰打ち掛け、声朗らかに念仏を称えはじめた。
 
 
 念々称名の相続は更に他想の間雑がない。貞信はいよいよ殊勝に思い、何たる尊き行者にてましますぞ。さらば念仏の御相手せんと、是も余念なく称名の声を励ました。声と声は相和して、念仏三昧の妙境に入り。山の峰より谷底まで、諸仏菩薩が充ち満ちて。ちらつく雪は曼荼羅の、花でないかと疑わるるばかりであった。
 
 
 やがて行者は念仏の声を止め。
「アア有り難や有り難や、尼さん幸せのことじゃのう。ときに尼さん、お前ここに何を食べて念仏修行をして御座る」
と問いかけられて、貞信はありのままに。
「蕎麦練りを造って食べています。」
と答えたれば、行者は。
「ウム中々贅沢の日暮をして御座るのう。」
というので、さすがの貞信も驚いた。是ほどの倹約はあるまいと思うていたに、夫れを贅沢といわれては仕方がない。


 この上の倹約は、どうすることかと不審に思い。
「然らば貴僧は何を召し上がってございますか。」
と尋ねたれば、行者は。
「ウム、私も蕎麦粉で命つないでおる、蕎麦粉は至極よいものじゃ。しかし私には土瓶も持たず茶碗もなし、お湯を沸かしてうましまと、蕎麦練りなどは造っておれん。生粉のままで少しずつ嘗めては水を飲むばかり、手軽に此の世は送らるる。末は浄土でサァ尼さん、亦もお逢いをしましょうぞ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。」
と何方ともなく、今の行者は立ち去って。その後の他よりは貞信に知れなんだという。


 晩年に至って貞信は、この話を私に物語って申すには。念仏は誰が称えても、尊いものでありますが。私等のように、炬燵の中で鼻水たらして申す念仏より、寒中単衣で寒そうもなく、雨具もなしで雪に濡れんほどに、持戒堅固のお相で。称うる行者の念仏は。一入尊く思われて、身にしむ程に有り難く感ぜられましたという。
 
 
 そこで私も深く感じました。アア末世の今日に於いても、斯かる尊き隠れたる念仏行者のあることか。たとえあっても、我等普通の人間の目には、触れる気遣いはないのじゃ。そうして見れば、我等の知らん念仏の行者が、まだ此の世には何程も御座ることかと思われました。


 余談はさておき貞信は、是の如く三年間山に隠れて、命惜しまず念仏しては見たものの。念仏の数は積もれども、往生のきまりはつかなんだので。
「静かなる深山の奥もなかりけり。もとの心をつれてゆく身は」
と一首を残して、さては聞かねばならぬぞと、山から出掛け参りました。是が即ち祖師聖人の。
「また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。」
と御意見下されたところであります。

 
 サァ皆様貞信や今の行者のようにして。念仏申さにゃ往生の叶わぬものならば。とてもお互いは、出離の望みはあるまいに。夫れほどまでに称えてさえ、きまりのつかん後生をば。六字一つの働きで、抱いて抱えて摂めて取って、きまりをつけて下さるる、仏智の不思議を深く心に信じて見りゃ。行きたい心があったとて、行かるる浄土でありもせず厭な思いが起きたとて、止めておかるる訳もなし。退っ引きならぬ往生は、届いた六字の信力で。御助けありつるうえからは。称えにゃならんと苦しい念仏するのじゃない。称えもせないその先に、きめて貰うた往生の。御恩一つがあるからは、楽の称名念仏を、楽じゃと捨ててはすまぬぞえ。懈怠の心に鞭を当て、報謝の大行勇ましく。励んで日送り致すのが、信行具足の行者であります。