安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

以名摂物録(松澤祐然述)「33 仏になるには」

※このエントリーは、「以名摂物録(松澤祐然述)」(著作権切れ)からのテキスト起こしです。

前回の続きです。
※原文には、今日の目から見て差別語とみなすべき語彙や表現もありますが、著者が故人であることも考慮してそのまま掲載しています。

33 仏になるには

 しかし皆様方、この度折角人間に生まれたは結構なれど、永くはおられる身ではない、無常の風の来次第に、出掛けねばならぬこの身である。その出掛けるといふは、体が出掛けるのではなく、心一つが出掛けるのぢゃ。体はこの世の置土産、残して行けば子や孫が、必ず始末をしてくれる。可愛や出掛ける此の心、親でも子でも兄弟でも、誰も始末のしてがない。よって蓮如上人は、後生は一人一人のしのぎぢゃぞと御誡め下された。
 
 
 サァ皆様一分一分の心の行先、何処へ始末を御付けなさる。死ぬる仕度をするのではない、生まれる仕度が後生です。犬になるか猫になるか、畜生道は如何で御座る、それは真平御免であろう。
 
 然らば、もう一度人間に生まれるか、是も聊か考えもの。四苦や八苦にせめられて、有るは無いはの足掻きをして、度々のつまりは死なねばならぬ人間へ、何度生まれて来たとしても、末の望みはとげられぬ。
 
 
 どうせ生まれる位なら、一度生れたその上は、二度と死なない御浄土で、仏になってしまうのが、上分別であるぞよと御勧め下さるが当流の一筋道。然ればその浄土へ生まれて、仏になるには如何といふに。何処へ生まれるも同じこと、犬になりたくば犬の腹、猫になりたくば猫の腹、仏になりたくば仏の腹へ。ちやんと心を宿してしまえば、面倒なしに仏になれるはしれたこと。
 
 さてその仏は、十方三世に数あれど、智者や聖者ならいざしらず、悪人凡夫に腹貸す仏は更にない。然るに大悲の親様、阿弥陀如来一仏は、この悪人に腹貸すぞよ、この女人をば摂めるぞと、十劫以来のお喚びづめである故に。かかるものを御助けは、貴方御一仏であったかと、大悲の親の懐へ落ちる機様のこの儘で宿ってしまった一念を。光明摂取の御利益にあづかったといい、この摂取の光明に逢ひ奉った時を、信心決定とも、往生一定とも、平生業成とも申すのである。
 
 是を祖師聖人は。『心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す』*1。とお喜びなされてある。お言葉は堅いが、仕事は別にあるのでない。落るこの身が落さぬ親の懐に住ひになりた計りで、往生に仕損じはないのぢゃ。


 その親様の懐へ、はいるに付て、鎮西では臨終にはいることにしてあるが。その臨終は仲々混雑で、捨て行くこの世が名残惜いやら、出掛ける未来がさびしいやら。殊に死ぬ縁無量とあてにならない臨終に、もしも仕損じては無量永劫取返しがつかぬゆゑ。臨終までは延ばしておかず、無事や達者でをるうちに。早く光明の懐住ひになつておけよが、当流の平生業成の教へである。

 さて皆様ここ迄聞いて下されたら、今日は一人も残らず、阿弥陀如来の懐へ、入ってお帰りを願いたいが如何ですか。
『ハイ私丈は御免を蒙ります、その様な懐など入つては、もしも窮屈なと困りますから』。
 コレコレその御心配には及び申さず、窮屈などはあらばこそ。商いするにも邪魔にはならず、猟すなどりの邪魔にもならず。夫婦交はるその中も、孫子育てるその時も、邪魔にならぬ計りでない。この世の難儀の節々には、抱いて下された親様から、御手伝して頂いて、楽に日送り出来るゆゑ。強てお勧め致します、早く如来様の懐へお入りなされ。
 
 『然れば如何にいて入れば宜しいか』。
 ここが肝要の聞きどころ、どうしてはいればよかろうと、入る工面を聞きにかかるが自力の分際。子供の方から抱かれやうには自力がいる、親の方から抱いて頂く赤子の身なら、他力づくめ。殊に我等の身の上は、落るや沈むに油断はないが。
 
 
 浄土参りと出掛ては、赤子に劣る腰抜けもの、抱かれる力はないけれども。抱いて頂くこの身より、抱いて下さる親様は、心矢竹に思召し。
 どうしたならばあの衆生、思いのままに、この弥陀が、抱いて助けて浄土まで、引寄せることが出来やうかと。五劫永劫思案に修行、諸仏超世のお手柄で、四智三身の御内証、光明相好の御相まで。聞ゆる六字にみをやつし、呼んで聞かせて下さるる、名号六字のお助けが、名となり体なり親様かと。信ぜられたる一念に、仏心凡心一体と、抱きつ抱かれつ抱かれつ抱きつ。抱かれたこの身は動いても、抱いた六字にゆるぎはないで。
 
 
 安堵の体もこの六字、決定の体もこの六字、六字一つのはたらきで、三界六道あとに見て。やがて浄土の御証は間違ひないぞと知らせて下された御文ゆゑ。我等一切衆生の往生の体は南無阿弥陀仏と聞こえたりと、御意あらせられた次第である。

元本をご覧になりたい方は下記リンク先を参照下さい。

以名摂物録 - 国立国会図書館デジタルコレクション

以名摂物録

以名摂物録