安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

「本当にご本願成就の証であるご名号のみで機の深信の心相に至ることができるのでしょうか?」(ごみっちさんのコメントより)

ごみっち 2014/08/15 10:29

本当にご本願成就の証であるご名号のみで機の深信の心相に至ることができるのでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20140813/1407917497#c1408066165

最初に断っておきますが、ごみっちさんが「機の深信の心相に至る」と書かれていることは阿弥陀仏に救われるという意味で書いておられる前提で書きます。そもそもですが、阿弥陀仏の本願は「機の深信の心相に至らせる」本願ではありません。浄土に往生させ仏のさとりを開かせるのが、阿弥陀仏の本願の救いです。

南無阿弥陀仏一つで救うように本願は建てられ、またその本願が成就しているのですから、南無阿弥陀仏一つで阿弥陀仏に救われます。

ごみっち 2014/08/15 10:47

そもそも仏願の生起のみを聞いて機の深信の心相に至ることができるのでしょうか?

またご本願の生起を先に聞かねばならないならば、機の深信の心相と法の深信の心相に前後があるのではないでしょうか?

仏願の生起のみを聞いて、機の深信になるということはありません。

生起を先に聞かねばとありますが、南無阿弥陀仏を聞いて疑いないのが真実信心です。それを開いて解説されたのが二種深信です。まえにも書きましたが、前後はありません。

また、お聖教にしろ法話にしろ仏願の生起だけを説くということはあり得ません。そんなおかしな話をするのは私が元いた団体の会長ぐらいです。仏願の生起のみを説いて終わりならば、「仏願の生起本末」を説いていない訳ですから、「仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」にはなりません。


言い方としてはいろいろありますが「ただ今お前を助ける」の阿弥陀仏の仰せを聞いたこと自体に前後はありません。それを、説明上二つに開いたのが二種深信ですから、前後はありません。