安心問答−浄土真宗の信心について−

浄土真宗の信心についての問答

南無阿弥陀仏に飛び込むには、どんな飛び込み方をしたらいいでしょうか?(頂いた質問)

南無阿弥陀仏に飛び込むには、どんな飛び込み方をしたらいいでしょうか?(頂いた質問)

南無阿弥陀仏に飛び込むといっても、南無阿弥陀仏はどこにあるのかが問題になります。自分から離れた場所におられる南無阿弥陀仏ならば、「どうやって飛び込むか」「飛び込む条件はなにか」が問題になります。


しかし、南無阿弥陀仏は遠くにあるのではありません。遠くでまっておられるのではなく、直接私に喚びかけ、働いて下さっているのです。
そのことを、親鸞聖人は教行信証行文類に以下のように言われています。

ここをもつて帰命は本願招喚の勅命なり。(教行信証行文類)

http://goo.gl/BcK1S

南無阿弥陀仏は、私を招きよび続けておられる阿弥陀仏の強い仰せです。喚び声とも昔からいわれています。阿弥陀仏が私によびかけられる喚び声ですから、当然私にその声は届いています。届いている声となった南無阿弥陀仏ですから、飛び込むのではなくこちらは聞くだけです。


私が飛び込むのではなく、阿弥陀仏の方から南無阿弥陀仏となって飛び込んで来ておられます。それを、疑い無く聞くだけです。それを疑いを交えて、「まだ遠くにおられる」とか「自分はまだ聞けない」とあれこれ計らっていてはいつまでたっても聞けません。


南無阿弥陀仏に飛び込めという言い方もありますが、それはあれこれ計らうその計らいを捨て去りなさいという意味です。また、南無阿弥陀仏から逃げずに向き合いなさいという意味で使われているものだと思います。阿弥陀仏がどれだけ喚びかけておられても、この私が疑ったり逃げていては聞いたことにはなりません。

あれこれ考える計らいは、何の益もありません。南無阿弥陀仏をそのまま聞いて、南無阿弥陀仏となってください。