RMさんより、コメントを頂きました。有り難うございました。
「私を助けようとされている南無阿弥陀仏の大きな大きな声が、私に常に呼びかかけておられる」と、表現してもいのでしょうか。(RMさんのコメント)
http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20100913/1284363836#c1284429684
そのように表現されてもよいと思います。
親鸞聖人ご和讃にも、呼びかけておられると表現されているところがあります。
弥陀・観音・大勢至 大願のふねに乗じてぞ
生死のうみにうかみつつ 有情をよばうてのせたまふ(正像末和讃53・註釈版聖典P609)
大願の船に乗られて、阿弥陀仏が生死の海に浮かびつつ、私を呼び続けて乗せて下さると仰っています。
大きな声という言い方で言えば、その大きな声はずっとずっと昔から、現在ただ今も絶え間なく呼び続けておられると言うことです。
呼び声を待つのではなく、すでに呼び続けられている「ただちに来たれ」の呼び声を疑いなく聞いて下さい。必ずただ今救われます。