安心問答(浄土真宗の信心について)

浄土真宗の信心についての問答

考えるとは何を考えるのか?(Kさんのコメント)

Kさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。

「阿弥陀仏は私を助けることができるのかできないのか」ということを考えるのでしょうか?
「唯除五逆罪誹謗正法」だから自分は除かれているのかということでしょうか。(Kさんのコメント)

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20090924/1253783454#c1253929065

回答します。

自分自身が信心獲得をする際に、方法手段を考えるのか、救いそのものをもとめるのかという問題です。

「聞思して遅慮することなかれ」(教行信証総序)
と親鸞聖人がいわれるように、いろいろと考えている間に無常を迎えていてはなりませんが、真実信心を求める上で考えるということはとても大事なことです。

「阿弥陀仏は私を助けることができるのかできないのか」については、法の能力についてあれこれ考えるということではありません。
私からいえば、助かるか助からないかということです。

「唯除五逆罪誹謗正法」についても、自分が謗法を造っているかいないかによって、除かれるか除かれないかも変わります。自分は実際どうなのかということが大事です。

本日のエントリーについては、明日、続き*1を書きますのでよろしくお願いいたします。