安心問答−浄土真宗の信心について−

浄土真宗の信心についての問答

阿弥陀仏の願力によって善をさせられるのかについて(Tさんのコメント)

Tさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。

「阿弥陀仏の19願の願力、20願の願力によって、阿弥陀仏が18願の世界に出させて下さる」(「聴を通らなければ聞には行けない」のでしょうか?(メールより) - 安心問答(浄土真宗の信心について)

とは具体的にどういうことでしょうか。
阿弥陀仏の19願の願力によって、功徳を修めさせられるということと理解してよいでしょうか?(Tさんのコメント)

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20090519/1242726943#c1242731162

回答します。
阿弥陀仏の目からご覧になると、功徳を修めさせるということになります。
阿弥陀仏の第19願は、阿弥陀仏の願ですから、阿弥陀仏が十方衆生に対してこのようにしてみせるというお約束です。
阿弥陀仏が、十方衆生に対して、菩提心を発させてみせる、そして、諸々の功徳を修めさせてみせると誓われたお約束です。

諸善万行ことごとく
至心発願せるゆえに
往生浄土の方便の
善とならぬはなかりけり(浄土和讃)

親鸞聖人がご和讃に言われているように、「至心発願せるゆえに」というのは、阿弥陀仏が私たちに対して「至心発願させる」ということです。阿弥陀仏の浄土に何とか生まれたいという願いを起こさせることです。何とか弥陀の浄土に生まれたいという最初の心を菩提心ともいわれて、菩提心をおこさせると誓われています。私が菩提心をおこすのでも、私が至心発願するのではありません。あくまでも阿弥陀仏の願力によって発させるということです。

阿弥陀仏に救われれば、阿弥陀仏の働きによって動かされ、押し出されたのだと知らされますから、「遠く宿縁を慶べ」と親鸞聖人はいわれています。